残像3

↑今月号のシュールな絵は政所さんの作品です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20081  Vol.26

 

23  

 
テキスト ボックス: Wendy 21テキスト ボックス: ウエンディ21は障害のある人の社会参加を支援するグループです。

SELF HELP GROUP

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


新年の抱負

 

ウエンディ本部 副所長 中西克徳

 

いよいよ2008年がやってきた。今年はウェンディにとって自立支援法改正にのっとった、地域活動支援センターに移行する節目の大きな年である。これまで精神障害者の小規模作業所は社会的地位も低く、なかば見捨てられつつあるような存在であったが、地域活動支援センターに移行することで、その社会的地位は格上げされると考えてもよいだろう。

しかし、地位だけ格上げされても、それは根源的な問題には関係のないことではある。本来の重要な目的は、利用者の日常生活の向上にある。それはこれからウェンディが利用者にどのようなサービスを提供していくかという一事にかかっている。昨年副所長に就任し一年経過して、振り返ってみると、利用者の数は明らかに減っている。これは大きな問題だ。本来利用者が快適に過ごせるようにもっと工夫を凝らしていれば、利用者の減少は食い止められたかも知れないからだ。もっと工賃も出してあげたかった。そういう思いもある。給料がもらえるならばやめなかっただろうと思われる利用者もあるからだ。こういった昨年の失敗をどう改善していくかが今年のウェンディの大きな課題である。利用者の中には障害年金で暮らしてそれで十分だ、あとはただ快適な日常の居場所が欲しいという人から、とにかく何の作業でも構わないから工賃が欲しいといった人まで幅広いニーズがある。それらをどう調整して、ウェンディを切り盛りしていくかが今年二年目を迎える副所長である自分の課題だろう。昨年の教訓を生かせば、授産施設的な作業をいろいろと請負い、かつ作業している人の傍らでもくつろげるスペースの確保ということが大事になるだろう。しかしこの点は現段階ではすでに解決策が挙げられている。地域活動支援センターに移行するにあたって、今の建物を二階建てにすることがすでに決まっており、要はこの二階部分をどのように使うかを工夫すれば済むような運びとなっている。

それから大事なのは日中の行事やメニューの充実ということがあげられるだろう。しかしそれも職員からの押し付けではなく、利用者の自主性を重んじた、“自分でやりたいことをウェンディを利用してやってもらう”というクリエイティブな基本姿勢も崩せない。しかしウェンディに出てきても何もすることがない、という人もあるのでそういった人には退屈させない何かを考え出すことも重要だろう。とにかく考えればいろいろと悩みは尽きないが、大きく見ればウェンディはおおむねうまくいっているといえるだろう。今年は“稼げて遊べるウェンディ”そういった施設を目指していこうと思う。

 

 

椰子の葉陰

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テキスト ボックス: はっテキスト ボックス: おい!
私の場所
取るな!
テキスト ボックス: おー
よしよし
テキスト ボックス: はいテキスト ボックス: !テキスト ボックス: ああー
血が出てる
テキスト ボックス: はなぢ?
どっか切った?
テキスト ボックス: どー見ても
ジャムだろ?
 

 

 

 

 

 


 


山口県長門市をたずねて

 

占部 貴之

 

 山口県といえば、僕の住んでいる北九州市からは海峡をはさんで一番近い県であるが、子供の頃に父の友人の方と一緒に、秋芳洞を訪れたぐらいで、実はあまり行った事はなかった。

 だから今回、ウエンディの研修旅行に誘われた時は嬉しく、じわじわと好奇心がわいてきたので、行くなら今しかない、と思い、参加する事にした。

 旅館ではビールも出たので、初めての大人の旅行でもあった。

 ただ、楽しむ為だけの旅行ではなく、ピアカウンセリングといって、相手の話に耳を傾け合い、互いに前向きな気持ちになる…というのが、今回の研修旅行の主な目的だったのである。

 出発の日―

その日はあいにくの雨模様で、薄暗い天気ではあったが、メンバー四人は、仲良く車に乗り込み、色々と冗談も交え、話し始めた。

 有難い事に、途中、副所長がコンビニでお菓子を買って下さり、Uさんからの飲み物の差し入れもあったので、美味しく飲みながら語り合った。いや、語り合ったという言葉は適当ではない。なぜなら、僕はずっと、これからの自分の物語について、しゃべりっぱなしだったからである。他のメンバーの方々は、それに対して親身なって聴いて下さった。

 例えば僕が、

 「僕は、児童文学を残したいんですけど、中卒と同じですからね…」と、弱音を吐くと、すかさず副所長が、

 「いや、でもね、高校、大学、社会人…ってきれいな学歴を持った人より、中卒で社会勉強をした人の方が児童文学に向いているよ」と、理論立てて励まして下さる。そのほか「占部君は子供心があって少し変ってるからね、でもね、優れた文学作品を残す人は、そんな感じの人なんだよ」とも言われた。

 僕に取っては、これらの言葉の一つ一つが励みになった。大いに、自分を見つめ直す上での参考になった。もしウエンディとの出会いが無かったら、こんな事を言って下さる方は外にいただろうか?

 やがて景色は、見慣れた北九州の町並みから、ふぐがデザインされた関門トンネルの入り口に入り、いつしか山口県下関市に入っていった。

 その時僕は、いつも父の友人の方とやっている、世界の首都名の出しっこをしましょうと言って、副所長にゲームの相手をしていただいていた。

―と、そこで所長から、この旅行初の注意を受けた。そう、今回の旅行の主な目的は、先程書いた通り、ピアカウンセリングなのだ。色々な悩み、思い、作業所の将来の事を話し合ってこそ、充実した研修旅行となるのである。僕はピアカウンセリングは初めてだったので、所長からもていねいに教わった。

 何でも、ピアカウンセリングというのは、「聴く事」に重点を置く事であり、自分が話す時は、主に、相手が話しやすい様に、きっかけを与える事が大切らしい。それを、僕以外の方達は、みんな守っていた…。

 副所長は快調に車を走らせて、所長は後ろから、ケータイナビを片手に、アドバイスを送っていた。しかし、ケータイナビが役に立たない時は、

 「Mさんナビは?」と、たずねていた。

 事務局長のMさんは、昔から、長門市に訪れる客人で、この旅行の企画者でもある。

 Mさんは、少しとまどいながらも、親切に道を案内し、車のスピードが速い時は、

 「この辺は、ねずみ取りが多いから、ゆっくりね」と、注意を呼び掛けたりしていた。

 小雨が上がる頃、途中のカーブで大きな虹が現れたので、メンバー一同は大きな歓声を上げ、副所長も「今の虹は目の前でしたね」と笑った。その虹はまるで、みんなの研修旅行を祝福しているみたいだった。

 旅館に着いたのは3時頃。旅館の名前は六角堂で風情ある川の横に、ひっそりとたたずんでいた。

 十一月なので、空気も冷たい―

 川には、あちらこちらに岩が在り、低く掛けられた橋の上からは、かがめば水に手が届きそうである。そこでは昔、叶わぬ恋におちた湯女が、

 「私の思いを、あの人に届けておくれ」

 といって、恋文を川に流した―という言い伝えがあり、毎年、恋文のコンテストが行われているというのだ。

 周りを見れば、他にも大小幾つかの旅館が在り、周囲を、紅葉した小さな山々に囲まれた静かな町だった。

 「いらっしゃいませ」

 六角堂に入ると、旅館の仲居さん達が温かく出迎えてくれた。

 事務局長が、チェックインを済ませていると、副所長が「占部君、こんな本がある…」と言ってフロントに売られている本を指差した。それは「恋叶うまち長門湯元温泉」という題の本だった。値段も、僕が作っている本と同じだ。少し照れ臭かったが、物語を書く上での材料に、又、何かの時の参考にと思い、七〇〇円で購入する事にした。

 それから四人は、二階の客室に案内された。

 荷物を置くと、すぐにMさんの勧めでお寺回りに行く事になった。お寺までは迷いながらも歩道に在った地図のお陰でなんとか到着。そこには、大内家が滅んだとされる歴史あるお寺が在ったが、そこでちょっとした事件が発生した。

 所長と副所長がおみくじを引こうとしてお金を機械に入れたところ、何も出なかったのである。

 「やられた…」お二方共に苦笑した。

 それから隣の神社の境内に、もみじやいちょうの映えた景色が在ったので記念撮影をした。その神社で手を合わせ、全員でおみくじを引く事に―

 僕は小吉だったが、旅の安全を祈ったので不満は無かった。

 帰ってからは、みんなでゆっくりお酒を飲んでくつろいだ。事務局長のMさんが、「出来上がった…」と言って、幸せそうな笑みを浮かべ、天井を見つめた。

 四人は浴衣に着替え、一緒に風呂に入った。

 温泉は、最上階に在り、思ったより広かった。うたせ湯の響きと、白い湯気に包まれた空間である。

 メンバー四人の外に、二人の宿泊客が来ていて、僕が体を洗う時に、お湯やシャワーの出し方が分からずに困っていると、そのお客さんが親切に教えて下さった。旅人の人情に触れ、思わず笑みがこぼれ、その人達に感謝した。

 やがて、そのお客さん達が先に上がり、メンバー四人だけになると、四人は「いい湯だな」の合唱をして、ゆっくりぬくもった。

 風呂から上がると、食事の間では旅館ならではのごちそうが、僕達を待っていた。

 熱々のご飯に茶碗蒸し、しいたけとにんじんの煮物にお刺身…。僕はつばを飲み込んだ。

 担当の仲居さんは、食事の説明をていねいに行い、ビールを四人分用意して下がっていく。乾杯の音頭は僕が取り、「皆さんの健康と、ウエンディの発展を願って―乾杯! と、一声上げると、カチャカチャッとグラスを合わせた。

 「うーっ、うまい…」

 僕は、普段ビールは飲まないが、冷えていたので美味しく頂いた。料理も和食で本当に美味しかった。思い出すと、また食べたくなる。

 食事も終わる頃、所長が一人五分間宛時間を与えて、ピアカウンセリングをする事になった。

 副所長は、ピアカウンセリングで良かった事について、事務局長は、ピアカウンセリングで良かった事について、それぞれ簡潔に余裕を持って話された。そして僕の番になったのだが…、僕は元来しゃべるのが苦手で、その時も始めは自分でも何を言っているのか分からず、うろたえた。

 突然、僕の心の中で、一本の糸が切れた。すると、僕は自分の病歴について、取り留めなくしゃべり出したのである…。余計な細かい所にまで説明を加えたので、話が長くなってしまった。

―と、そこで今度は副所長から、この旅行始まって二回目の注意を受けた。

 「話が長すぎるっ、起承転結を付けてちゃんとまとめりっ!」

 僕はハッとして自分の愚かさに気付き、

 「……という事でデイケアに通っていたんですけど、最後の入退院の後、ウエンディさんとの出会いがあり、出版の夢も叶って、今も元気に作業所に通っている訳です。皆さん、これからもよろしくお願い致します」

 と、話をまとめた。

 「―そうよ」

  副所長は、やれば出来るやん―といった感じで僕を見つめた。全く僕は、みんなに甘えていたのである。皆さんには申し分けない…。

 夜はみんな七時十五分に床に就いた。

 四人共に寝つきが悪かった。しかし僕は疲れていたし、眠剤もちゃんと飲んだので、いつか眠れるだろうと考え、逆に眠れないMさんに対し、「気楽にしてたら、いつか眠れますよ」と、アドバイスを送っていたぐらいである。

 ところが―、何ぞ計らん、そのえらそうにアドバイスをしていた自分が一番眠れなかったのだ。眠りのツボを押しても千まで数えても眠れなかった。なぜ眠れなかったのかは、皆さんのご想像にお任せする。

 やがて、静かではない夜は明け、朝になり、僕は午前六時まで一時間眠ることが出来た。

 それから朝食を済まし、お土産を買って、お世話になった六角堂を後にする事になった。

川の名前は音信川(おとずれがわ)、その名の通り、みんなの恋文を流す川の水が、永遠に尽きない事を願っている。

 その後、ザビエル教会に寄り、ラーメン屋からウエンディへと帰った。                    

この研修旅行を振り返って思う事は、山口県の魅力は元より、その研修旅行の主人公であるメンバーが、ピアカウンセリングという目的を守りながら楽しんでいたという事である。

 又、僕自身はどうだっただろうか。みんなのお手伝いも多少出来たが、時間で迷惑を掛けたのではないか。ピアカウンセリングの事についても課題が残る…。

 今後、それらの反省を持ちながら、メンバーの方々との交流を続けていきたい。

 


 

ISLAND

 


夜の海

月行事予定表

メモ

 

1

休み

2

休み

3

休み

4

新年会

5

6

 

7

 

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9

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成人の日

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